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東京地方裁判所 平成4年(ワ)11025号 判決

原告

被告

田中不二雄

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇五四万七一六三円及び内金一〇〇六万三九六五円に対する昭和六一年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実及び証拠によつて容易に認定しうる事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和五九年五月二八日午前七時一五分ころ

(二) 場所 東京都立川市栄町六丁目一番地先路上

(三) 態様 訴外榎本勝利は、右場所を小型貨物自動車(登録番号「多摩四五ち二八六」、以下「加害車」という。)を運転して走行中、右場所を横断中の訴外市川俊子(以下「訴外市川」という。)に加害車を衝突させた(甲一)。

その結果、訴外市川は、一次性脳幹部損傷、重病脳挫傷の傷害を負い、死亡した(甲二)。

2  訴外市川の損害

訴外市川の損害のうち、傷害分については填補の余地がなく、死亡分については以下のとおりである(甲三ないし九、弁論の全趣旨)

(一) 葬儀費 四五万〇〇〇〇円

(二) 逸失利益 一一三八万四五〇三円

(三) 慰謝料 七五〇万〇〇〇〇円

(四) 合計 一九三三万四五〇三円

(五) 訴外市川の過失相殺二五パーセントに相当する四八三万三六二五円及び労災給付筋四四三万六九一三円控除後の残金 一〇〇六万三九六五円

3  自賠法七二条一項に基づく損害の填補

加害車は無車検・無保険車(甲一二)であり、自賠法所定の責任保険の被保険者及び責任共済の被共済者以外の者が自賠法三条の責任を負う場合であつため、原告は、訴外市川の遺族の請求(甲一〇)により、同法七二条一項に基づき、同人らに対し、昭和六〇年一一月一五日、同法七七条に基づきオールステート自動車・火災保険株式会社を通じて、その損害填補金として2(五)記載の金員を給付した(甲一一)。

4  自賠法七六条一項に基づく代位

原告は、右3の給付により、自賠法七六条一項に基づき、右給付額を限度として、訴外市川が有する損害賠償請求権を取得した。

二  争点

1  運行供用者

(一) 原告の主張

(1) 本件事故当時、被告は、加害車を保有し、自己のためにこれを運行の用に供していたから、本件事故により訴外市川に発生した損害を賠償する義務がある(以下「本件債務」という。)。

(2) 加害車の名義が訴外新不二工業有限会社(以下「訴外会社」という。)であつたとしても、訴外会社の法人格は形骸化しており、加害車の実質的保有者は、被告であつた。

(3) 仮に、訴外会社が、加害車を保有し、自己のためにこれを運行の用に供していたとしても、被告は、同社が負うに至つた本件債務を債務引受したものである。

(4) 仮に、加害車の保有者が訴外会社であつたとしても、被告は、訴外会社とともに、加害車を自己のために運行の用に供していたものであるから、本件債務を負う。

(二) 被告の主張

加害車を保有し、運行の用に供していたのは、訴外会社のみであるとして原告の主張を否認する。

2  消滅時効

(一) 被告の主張

仮に、被告に運行供用者責任が認められるとしても、原告が、自賠法七二条一項、七六条によつて代位取得した債権は、訴外市川の賠償請求権であるところ、本件交通事故の発生日は、昭和五九年五月二八日であるから、同六二年五月二八日をもつて時効消滅した。

(二) 原告の主張

(1) 債務の承認

被告は原告に対し、時効完成後の平成元年三月六日、債務の承認を前提とする本件債務の履行延期申請書を提出し、原告は、同月八日、右申請書を受領したから、これにより、被告は時効の援用権を喪失した。

(2) 時効の中断

右(1)の債務承認の日から新たに時効期間が進行するところ、原告は被告に対し、平成四年一月一七日、本件債務の支払を催告し、右催告書は、同月一九日に被告に到達し、右から六か月以内である同年六月二九日、本件訴訟を提起した。

第三争点に対する判断

一  運行供用者

1  証拠(甲一二、甲一七、甲一八、甲二〇の一、二、甲二一の一、二、乙一ないし四、乙五の一、二、乙六の一、二、乙七、証人本間貞雄の証言、被告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 加害車は、昭和五七年二月一八日、訴外会社に所有権が移転し、以後昭和六三年一一月一日に片岡正明に所有権が移転されるまで、訴外会社の所有名義のままであつた。本件事故当時、加害車は、自賠責保険に加入していなかつたが、昭和五九年七月以降は、訴外会社が保険契約者となつて自賠責保険に加入しており、車検費用、保険料は訴外会社が負担していた。

(二) 訴外会社は、昭和五二年四月六日、被告が代表取締役となつて設立された資本金一五〇万円の有限会社であり、本店は、昭和五四年四月七日、東京都東大和市大字狭山二三〇一番地から東京都立川市栄町四丁目三三番地一二に移転されている。訴外会社は、主として空調関係の工事を請け負つていたが、昭和五八年五月二〇日、同月二五日の二度にわたり手形が不渡りとなり、営業を大幅に縮小し、主として負債の整理等をするかたわら、被告は、形式上、代表者を被告の妻名義とし、協同工業の屋号を使用して従前と同様の営業を続けていた。訴外会社は、手形が不渡りとなる前後を通じて、実質的に被告一人によつて経営されており、工事を受注すると、その都度手間請けの職人を雇用するなどして工事をしており、従業員は、手形が不渡りとなる以前は二人、以後は一人であつた。

(三) 証人本間貞雄(以下「証人本間」という。)は、以前から訴外会社の依頼により手間請け仕事をしていたところ、訴外会社が営業を縮小した後である昭和五八年一一月下旬ころ、被告の申し出により加害車を借り受けたが、その際、書面を交わすことはなかつた。加害車の実際の使用状況についてであるが、証人本間は、被告とは関係のない仕事の際も使用したが、主として被告から依頼された手間仕事(依頼者の名義が訴外会社であつたか、協同工業であつたか、被告個人であつたかはともかく)をする際、仕事場へ出かけたり、工事の材料、道具等を訴外会社の工場から現場へ運んだり、道具を訴外会社の工場へ戻したりするために使用しており、その燃料費、工事材料費は被告が負担していた。

(四) ところで、原告は被告に対し、本件債務につき、昭和六〇年一二月二六日(右同日到達)、同六三年一〇月八日(同月九日到達)、平成四年一月一七日(同月一九日到達)にそれぞれ催告し、被告は原告に対し、平成元年三月六日付で履行延期申請書を提出し(同月八日到達)ているところ、この間、運行供用者につき、原告から被告に対し、何ら異議が述べられたことはない。

2  以上の事実によれば、訴外会社は、実質的に被告の個人会社で、被告一人の経営に委ねられており、加害車の使用形態は、訴外会社が使用していたほか、被告が協同工業の屋号で仕事をしていた際(ただし、代表は被告の妻)は、協同工業も使用していたこと、また、証人本間は、加害車を借り受けていたといつても、それは主として被告を通じて依頼された仕事に使用するためであつて、被告あるいは訴外会社、協同工業の管理を完全に排していたわけではなかつたこと、加害車の保有者につき、被告自身、訴外会社と被告個人の区別を明確に認識していなかつたことなどが明白である。これらの事情によれば、訴外会社が加害車の運行供用者であつたとしても、被告もまた加害車を自己のために運行の用に供していた者、すなわち運行供用者であつたことは否定できない。

二  消滅時効

1  本件事故の発生日が昭和五九年五月二八日であること(甲一)、前記一1(四)の各事実、被告が原告に提出した履行延期申請書(甲一八)には、債務を承認する旨明示されており、右書面に被告の氏名を記載したのは、被告の娘であるものの、その内容は被告も知つていたこと(被告本人尋問の結果)、原告は、平成四年一月一九日到達した本件債務の催告の後、その六か月以内である同年六月二九日、本件訴訟を提起したこと(当裁判所に顕著な事実)の各事実に照らせば、本件債務は、原告の主張どおり、昭和六二年五月二八日、消滅時効が完成したが、その後、被告は、平成元年三月八日到達の書面で本件債務を承認し、この時から三年以内である平成四年一月一九日到達の書面で、原告は被告に対し、本件債務の支払を催告し、さらにその後六か月以内である平成四年六月二九日、本件訴訟を提起したことが認められるから、本件債務につき、いまだ消滅時効は完成していないというべきである。

2  なお、被告は、本件債務を承認する際、消滅時効の完成を知らなかつたから、履行延期申請書(甲一八)の提出をもつて時効の援用権を喪失したものではないと主張するけれども、債務につき消滅時効が完成した後に、債務者が債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかつたときでも、以後その完成した消滅時効を援用することは許されないと解するのが信義則に照らし相当であるとするのが確立した判例(最高裁判所昭和四一年四月二〇日大法廷判決民集二〇巻四号七〇二頁)であり、被告の主張は採用できない。

また、被告は、本件債務を承認する際、責任を負うのは訴外会社のみであり、被告が責任を負わないことを知らなかつたから、右承認の意思表示には、要素の錯誤があり無効であると主張するけれども、既に認定したとおり、被告も運行供用者として責任を負うべき立場にあつたものであるから、被告の主張は理由がなく、採用できない。

したがつて、本件訴訟の提起により時効が中断された後、被告のする消滅時効の完成の援用の主張も、何ら理由がない。

三  原告の請求額

甲一九及び弁論の全趣旨によれば、本件債務につき、原告の代位後である昭和六〇年一二月二六日から同六一年一二月二五日までの間に民法所定年五分の割合による遅延損害金として五〇万三一九八円発生したが、このうち、証人本間から、平成四年一〇月二日から同五年一二月一日までの間に、四回にわたり合計二万円の弁済を受けたので、原告は、これを右遅延損害金に充当した。したがつて、昭和六一年一二月二五日時点で既発生となつた被告の負うべき債務は、本件債務及び右遅延損害金の残額四八万三一九八円の合計一〇五四万七一六三円であることが認められる。

四  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告に対する、右三記載の額及び内金一〇〇六万三九六五円に対する原告が本件債権を代位取得した後である昭和六一年一二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める本訴請求は、理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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